昔は世事に疎いというか、世の中で流行ものに興味がないというか、バカにしているような、へその曲がった青年でした。
クラスメート全員がアイドルソングに夢中だった時代に、ジャズを聴いていたり、吉本ばなながベストセラーの時期に、吉本隆明の詩集をかかえて通学したり、「北斗の拳」や「ドラゴンボール」よりも、つげ義春の作品を愛読するような、変わり者でした。
ポップコーンを眺めてみると、まわりはみんな弾けているのに、なかに弾けていない硬いままのコーンが混ざっていますよね。まさにかつての自分は弾けてない(ポップしていない)コーンそのもの。
先の発言の後輩は同じ調理場で働いていて、毎日のように夜の繁華街に繰り出していました。
自分とは歳も考え方もまったく違う彼に、最初は戸惑いつつも、たくさんのことを学びました。
彼はとても自然体で、いまどきの若者。音楽やアートやファッションに敏感で、ごく自然に受け入れまた発信するのでした。
自分自身が勝手に観るに値しない、聴くに価値がないと考えていたものは実は広い世界があって、彼と出会うことがなかったらそうした世界に触れることなく、現在にいたるまでのより多くの豊かな体験をすることができなかったことでしょう。
興味の扉を開く、好奇心をもつこと。
「最近の○○○の芸能人知っている?」「××っていう映画観た?」「△というベストセラーの本読んだ?」と相手に訊かれたときに
「いえ、僕は興味がないので知りません」と答えたら、そこで会話は終了してしまいます。
相手はもしかしたら、その話題がきっかけでもっと知的な会話や、有意義な情報を提供してくれるつもりだったのかもしれません。
コミュニケーションとは言葉のキャッチボールで、相手が投げた言葉を受け止め、また投げ返すことで成立します。
暴投ならともかく、真直ぐに投げてきたボールを、スルーするどころか拾いにもいかない。。。そんな当店のスタッフにも苦言。
最近サービスマンとしてホールに立っていますが、コミュニケーションの大切さを痛感している毎日です
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